越前の國研修雑感

奉賛会 越前の國研修雑感    日程:平成24年11月27日~28日

 織田家ゆかりの越前二の宮・剱神社の他、越前史跡めぐりは天候にも恵まれ有意義な研修でした。早朝富士宮市を出発した奉賛会のメンバー20名はバスに揺られ新東名、名神、北陸道を経て最初の目的地である越前丸岡城に到着。

 

越前丸岡城

このお城は、日本最古の天守を持つ城として有名ですが、1575年に信長公が、越前一向一揆の拠点の一つである豊原寺を攻略し、その後越前八郡に重臣の柴田勝家を配し、勝家の甥である柴田勝豊が豊原から丸岡に城を移築したものです。幾多の変遷後、幕末まで有馬氏が統治し明治を迎えました。
1934年に天守が国宝に指定されましたが、戦後間もない1948年の福井大地震で倒壊。その後元の木材の80%を使って復元・再築され国の重要文化財となったそうです。この城の特徴の一つは天守の屋根が瓦葺でなく、石葺であることだそうです。

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一乗谷城 朝倉氏遺跡

朝倉氏の祖先は、兵庫県養父郡の豪族で、南北朝時代に朝倉広景が主家の斯波高経に従って越前に入国。朝倉孝景の代、1467年の応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷に本拠を移し、斯波氏、甲斐氏を追放して越前を平定。以後、5代103年にわたって繁栄した。この間、京や奈良の貴族、僧侶などの文化人が下向し、北陸の小京都とも呼ばれた。5代義景の代に足利義昭を迎え観楼の宴を催したりしたが、織田信長の天下統一戦の中で滅び城下町も灰燼に帰しました。この遺跡の発掘調査は昭和42年から進められ、昭和46年には一乗谷城を含む278haが国の特別史跡に指定されました。広い敷地内には、数多くの建物や遺構が復元され朝倉氏5代100年の栄華が偲ばれました。

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越前 二の宮剱神社(通称:織田剱神社)

織田氏は古くから、この神社の神官をしていて、この辺りに大きな勢力を持ち、越前国守護:斯波氏の家臣となりました。足利幕府の管領・斯波義重は、剱神社の神官の子を近習にし、守護の国の一つである尾張の国に封じた。この神官の子・織田玄真が尾張織田氏の祖となり、6代後の傍系が信長公です。
信長公は先祖発祥の地として氏神とし、神領を寄進している。他に熱田神宮なども手厚く保護していました。また平清盛の嫡男・重盛の信仰も厚く、小松建勲神社、織田一族発祥の地の碑、参道入り口には信長像などがあります。当日は神官に特別参拝をお願いし、メンバー全員でお参りしてきました。ちなみに越前の國一の宮は敦賀気比神社だそうです。平成25年4月に群馬県・甘楽町で第25回織田信長サミットが開催されますが、この甘楽町の近くに上野の國一の宮・貫前(ヌキサキ)神社があるので寄ってみたいですね。

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雑感つづき・・・
越前の國での思い出・もう一つは・・・冬の味覚越前ガニ!
現地でしか味わえない美味ですネ!!


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