首塚の由来

西山本門寺 織田信長の首塚

信長公奉賛会は、富士山西山本門寺、本堂奥の大柊のもとに眠られている、織田信長公の功績をたたえ、織田信長公を供養し、会員相互の親睦を図ることを目的に、平成23年に設立されました。

首塚の由来
天正10年6月2日京都本能寺の変で討ち死にした織田信長の首を囲碁の初代本因坊算砂「日海」の指示により、原志摩守宗安が信長と共に自刃した父胤重と兄孫八郎清安の首と共に炎上する本能寺より持ちだし、信長の首をここ駿河の、西山本門寺に納め首塚を築き、柊を植えたのであります。 第百八代後水尾天皇のご息女、常子内親王の御帰依をうけた、当山中興の祖十八代日順上人は原家のご出身で、ご自筆の内過去帳に本因坊日海上人と織田信長公の法号を記し、手厚くご回向されておりました。


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